以前勤めていた会社が、昨年の夏倒産し、それについて思うことについてエントリー(→勤務先が倒産しました | 法とビジネスに生きる)を書いてから長いことかかりましたが、ようやく再就職できました。
長いことかかりましたが、この転職期間中に学んだこと、感じたことは、自分の人生・生涯にとってかけがえのないものになると今では確信しています。
無職期間に学んだこと
- 自分でお金を稼ぐと言うことは大変だが何よりも楽しいということ
- 企業することと雇用されることでは、雇用されることの方が楽だがそれは他人に人生を預けるに等しいこと
- PHPの習得とプログラミングを通じたものの考え方
- サイト構築ノウハウ
- Web上の集客手法
- サイト運営の難しさ
- 自分という人間の性質
- 自分のやりたいこと、なりたいものの姿
- 自分の価値観と人生観の再構築
- パートナーの重要性
- 生きると言うこと、働くと言うことの意味の一部
これだけのものを学びました。これらはとても大きいもので、特に自分のやりたいこと、なりたいものの姿が見えてきたことが大きかったです。今までで、一番得るものの多い1年だったかもしれません。
無職期間中の生活について
3つのセーフティーネットに守られました。一つは、雇用保険の失業給付(失業保険)。もう一つは、親。もう一つはパートナー(婚約者)です。
私はつくづく幸せ者だと感じました。
また、麻生首相が進めた失業者向け施策のおかげで助かったことも行政に感謝しています。(その施策のための今年度予算は、民主党政権により「仕分け」されちゃいましたが。)
今は、幸せ者だと素直に感じることができますが、失業直後はそんな精神状態ではありませんでした。
「こんな年にもなって、行政や親や婚約者に助けてもらって情けない」…まさにこのように思い、感じていました。
そう思うことが間違っているとは思いませんが、一方で思い上がりだとも思いました。
「自分一人で生きていける」そう思い上がっていましたし、「みんな自分一人で立派に生きている」という間違った認識でもあったのです。
これに気付いたのは、世間では「ホリエモン」と呼ばれている堀江貴文さんのインタービューでの発言でした。
「ホームレスになるとか思ったら駄目ですよ。誰かが助けてくれると僕は思っています。そんな風に変にプライドを持たずに、恥ずかしがらずに生きていくとも大事かもしれません。」
「誰かが助けてくれる」その幸せな事実を「恥ずかしい」と思う…なんておこがましいんだと価値観が変わりました。
堀江さんは、言葉足らずなところが結構あって誤解されやすいのですが、少なくとも私よりかよっぽど人の温かみとかを理解されている方だと思います。あそこまで登るまでには、きっと多くの苦しみや悲しみを経験されているでしょうから、その分だけより人の温かみやありがたさが分かるのかもしれません。
このように無職期間は、忙殺されない分、一つ一つの感情の機微に敏感になれます。そこには、前職で大切だと学んだはいいものの今まで完全否定していた自己の「感性」というものへ意識を向けることが出来ました。
仕事を始めてみて
仕事のストレスが無い方が、ご飯がおいしいです。
旅行とか行くと朝ご飯がおいしいですが、それの簡易版です。
少なくとも私は、「雇用される」ということにストレスを感じるようです。
それでも、前職のときよりも毎日が充実しています。
それは、自分のやりたいこと、なりたいものの姿が明確になり、出来ることも増えて、そこに向かって直進できているからです。
その直進に邪魔にならない仕事を選んだので、自分のためにがんばって行こうと思います。
自分のなりたい姿になって仕事をしている時、きっと朝ご飯だけでなく食べるものの全てがおいしいのだと思います。
「るろうに剣心」という漫画で、「春は夜桜、夏には星、秋に満月、冬には雪。それで充分酒は美味い。それでも不味いんなら、それは自分自身の何かが病んでいる証だ。」という言葉があります。食べるもののおいしさを決めるのも心次第だとも感じました。
あとはパートナーと一緒に食べるご飯がおいしいのはいうまでもありません。
やはり何か大切なものをこの無職期間で得たような気がします。
タイトルとしては、「手強い頭脳」よりもサブタイトルの「アメリカン弁護士の思考法」の方が内容の要約としてふさわしいように思う。
民主主義の体現者、民主主義システムの一部を担う弁護士の思考・原理のようなものが記述されている。アメリカの司法界の実態についても概略ではあるが記述されている。
日本の司法とアメリカの司法の違いを弁護士の視点で解くと同時に、日本でも通じるある種普遍的な考え方も同時に解いている。そしてそれは、日本の憲法でも示されているとおり、「権力への疑い・危機感」「立憲主義」「自由主義」そして「民主主義」などの価値観に基づく考え方だ。
弁護士は、法曹の中で唯一「市民」の側にいる。故に、弁護士はその職務だけでなく、時に社会的な役割を担わなければならないと私は思う。同時に、弁護士ではない「一市民」としても担わなければならない社会的な役割があり、知っておくべき価値観・思考・歴史的事実がある。その部分をこそ本書は解説しているように思う。「一市民」ならば必読であるように思う。
- 非記者クラブメディアを排除した鳩山首相初会見への落胆 | 週刊・上杉隆 | ダイヤモンド・オンライン
- アゴラ : 「記者クラブ開放」の約束は嘘なのか – 池田信夫
- 民主党の重大な「公約破り」はじまる 許すまじ! – MIYADAI.com Blog
- ジャーナリズムの自殺、民主党の「公約」破り・記者クラブ開放問題を書かない既存メディア – ガ島通信
政権交代で、最も期待していた事は、記者クラブの開放だった。
民主党がそれをできないとなると、もう絶望的だ。これまで記者クラブ制度と共にあったといってもいい自民党(しかも年寄りばかり残った)が記者クラブ開放を推進するとも思えないし。
これまでの慣習の中でも特に意味が無いものや有害なものを打破する手段が、政権交代であったはずだが、それが出来ないのであれば政権交代した意味は何もない。閣僚の顔ぶれを見てもため息が出る。
特に気になるのが以下の一文。
『週刊朝日』編集長の山口一臣氏によれば、大手紙の経営者が「新聞、テレビなどのメディアを敵に回すと政権が長く持ちませんよ」などといって民主党を脅し、平野博文官房長官は周辺の記者に「記者クラブ開放は俺がつぶす」と言っていたそうです。これが事実だとすれば、首相の約束を官房長官が破ったことになります。
2つの示唆があるように思います。
まず、鳩山さんは「友愛」だかなんだかしりませんが、リーダーシップを発揮できるほどのキリッとした部分を期待できないという点、それから、「政権をもたせる」ことが既に目的化してしまっている点です。
何のために政権交代をしたのか、政権交代のための政権交代だったのかと批判されても仕方ないように思います。
発足して間もないので、結論を出すのは早計かもしれませんが、…正直、これからどうなるのか不安でしょうがありません。
私の勤務先が、先月末、事実上の倒産を迎えました。私を含めた全社員がすでに解雇されており、今月、破産申し立て手続き予定となります。
倒産は、思っていたよりも精神的なダメージを私に与えてくれました。
収入や肩書きを無視して、自分の人生を削って力と情熱を注いできた仕事や会社が無に帰すのです。絶望、というほどではないですが、少し落ち込んでいます。
会社に依存していたつもりはないのですが、キャリアプランはガタガタですし、仕事すること自体にやる気がなくなったりもします。
転職活動をして、求人情報を見ていると今の社会の状況が少しわかる気がします。明らかに、前回私が転職をした頃(=景気が回復してきた感があった頃)とは別です。6月に史上最悪の失業率をたたき出したかと思ったら、私が解雇された7月は、さらにその記録を更新したとのこと。どうやら、いちばん悪いタイミングだったようです。それをひしひしと感じています。
転職活動をするにあたっては、自分自身と向き合わなければなりません。自分の人生と、目標と、目的と、これまでの道程と、転職を希望する先の企業理念やら職務内容やらの内容のすべてに矛盾があってはいけません。それ以上に、働く意欲に溢れ、明るくはきはきとした性格で、チームワークも個人的技能も人並み以上に優れ、残業にも文句を言わず、有給もとろうともしないない人間でなければなりません。これができずに引きこもる人がいても何ら不思議ではないように思えたりもします。
…とまあ、これは半分冗談ですが、働く意欲が無いといけないというのは困ったものです。倒産をきっかけに、働くことの意味がわからなくなりました。働くことの意味が、生活費を稼ぐこと以上のものだと思わなければ、就職は困難です。憲法第27条によると、私たちには勤労の義務がありますが、今なら廃止に賛成してしまいそうです(汗)。
・愚痴はこのぐらいにして、思うこと
転職活動に関する愚痴はそれくらいにして、思うことを書きたいと思います。
まず、私が職を失ったのは、会社のせいではありません。もちろん、代表者のせいでもありません。では、政治や社会のせいでしょうか。いいえ、それも違います。すべては、自分のせいだと心の底から思っています。事実、公的融資もさらなる資金調達も可能な状態でした。傷が広がるのを防ぐための倒産でした。誰も恨む気はありません。
ただ一人だけ恨むべき人物は、自分です。
自分にもっと力があれば、そもそも会社の倒産を避ける手立てを思いついたかもしれない。自責を感じても仕方が無いですし、そこに囚われるべきではないですが反省すべき点だと思っています。さらに、職を失っても余裕というくらい実力を備えていなかったことも深く反省すべきことの一つでしょう。
以後、職に就けても、自分の力を磨き続けることに対して、深く強い意識・意欲を持てるようになりました。これは、倒産を経験しなければこれほどに強く持ち得なかったかもしれません。感謝しています。
もう一つ思うことは、今までの生活は、なかなかに贅沢だったという点です。
収入にすれば見あった生活だったかもしれませんが、今それを強く感じています。反省、とまではいいませんが、考え方・見方が変わりました。一皿百円の回転寿司が大好きですが、離職してから食べた時、こんなにおいしいのかと思いました。極論を言えば、自分に張られたセーフティネットの枠を超えた生活をするべきではないのかもしれません。収入の枠内ではなく、収入を失った場合のセーフティネットの枠内(雇用保険の失業給付の範囲内など)です。
自分の力を磨く一環として職につかなければならない、と考えれば、就職に対する意欲が沸いてきます。もう少し、気持ちに整理が必要ですが、転職活動をがんばっていこうと思っています。
先月、「iPod nano」と「Nike+」それから、ランニングシューズとランニング用のイヤホンを購入しました。とりあえず、毎日5kmは、歩くor走ろうと思っています。
Apple Storeの「整備済製品」を購入
私が購入した「iPod nano」は、Apple Storeの「整備済製品」なるもので、格安であるにも関わらず、非常に綺麗で、しかも1年間の特別保証がついています。ちょうど、現世代の4GBモデルが追加され10,400円だったので、ポチってしまいました。(⇒現在の整備済み製品リスト(iPod nano))
Apple Storeの「整備済製品」は、「iPod nano」に限られず、「iPod touch」や「MacBook」、果ては「Mac Pro」まであります。安いApple製品をお探しの方はここも検討されてはいかがでしょうか。
進化した「iPod」を体験
「iPod」は、まだ「nano」や「shuffle」や「touch」などの区別が無い頃に持っていました(第2世代)。が、すぐに壊れたあげくに当時の保証は使い物にならず、結局製品は品質と保証も含めたトータルで見るべきと学んだ経験がありました。
少し悪いイメージがあったのですが、「MacBook」はすばらしいプロダクトだし、最近では保証も少しは改善されたようです。また、値段も当時の3分の1ですし、「Nike+」が良さそうだったので購入しました。
驚いたのはその小ささ。いや~、小さく軽くなりましたね。「nano」を謳うだけあります。いや、Transcendの「T.sonic320」とかも小さいですけど、iPodの方がだいぶ機能は豊富ですしね。
左の画像は、大きさ比較です。
(左から、WX340K[携帯]、ロディアNo.11メモパッド、iPod nano、たばこ[ダビドフクラシック])
現在の「My Runs」
私は、大企業でもちょっと特殊な企業で3年間勤め、以後は現在のベンチャー企業に1年半ほど勤めています。
「大きな会社と小さな会社のどっちで働くべきか迷っている人へ – GoTheDistance」という記事を読んで思う事を書きたいと思います。
一方の中小企業、特に僕のような数名しか社員がおらず社長とマンツーでやっているような会社にいる場合は、ルールもクソもありません。経営者が右といえば右ですし、左といえば左です。その濃度が大企業と違います。大企業にいたら今までは仕事が与えられていましたが、今は仕事そのものを作り出さなければならないためお客様に価値を提供できるか否かだけが厳しく求められ、僕はしばしば「なんでこんなことまでやらなきゃならないんだろ」という葛藤がやってきました。
私自身も強く感じています。特に、うちの会社は利益率が低い商売をしているので、赤字スレスレの戦いをしています。「経営者が右と言えば右」に向かう力学が強く働きます。また、「仕事そのものを作り出さなければならない」というのとはちょっと違いますが、「自分の職分」というものの範囲が不明確になっていきます。その点で、「なんでこんなことまでやらなきゃならないんだろ」と思ってしまう事は良くあります。私の場合、職分は「法務」ですが、モバイルサイトのほぼ全てのコーディング(HTML・CSS部分/プログラム部分除く)もやりましたし、広告展開の打ち合わせにも参加しました。常日頃、営業の補助もかなりの部分で行っています。さすがに、「モバイルサイトのコーディングもできる法務」となると、「替わり」はいません。やっている本人にとっては良いかもしれませんが、組織体制的には脆弱といえます。
「右といえば右、左といえば左」のくだりで「YESマン」を思い浮かべるのはいささか浅薄です。求められるのは「Disagree and Commit」の精神です。議論はするし間違ったことがあるなら伝えるのですが、意思決定者が右と言った中で十分な議論を重ねたら、下にいる人間は賛成ではなくてもコミットして前に進める努力を絶対にしなくてはならない。そうしないと、単純にやっていけないんです。前に進まないんです。
この部分は、特に弊社では感じます。弊社の場合、全社員の共通認識として、法的な課題と経営的な課題のどちらを優先すべきかは、既に「空気的に」経営的な課題となる体制が醸成されています。議論を尽くさない民主主義などとるべきではないと思いますが、実際赤字スレスレな状況を見て、例えば「法的に、従業員数10名以下なら提出義務のない就業規則」を全社員で策定するといったインセンティブは湧いてきません。法務はそんな事をしている暇があったら、モバイルサイトの特集ページの一つでも作ったほうが良いのではないかということになります。「ルールの策定」や「ルールの明確化」は、休日にやれという訳のわからない「空気」すらあります。「ルールは適当に法務が作っちゃってよ」という風に言われたこともありますが、経営者が従うとは思えないルールを策定しても正直無駄ですし、前に進む際の弊害にすらなり得ます。
小さな会社に飛び込んでいこうとされる場合に心に留めておいて頂きたいのは、id:hase0831さんのお言葉を借りると「この社長のために(自分に非がなくても)土下座できるか?」という質問にどう答えるかです。それぐらいの気持ちがなければ、経営者の距離が近い中小では朝令暮改は当たり前ですからルールで考えていたら不条理なことが多くなるので疲れてしまって、やっていけなくなるんじゃないかなと思います。中小で疲れて大きな会社で仕事をしたいという方の気持ちがよくわかるようになりました。
「この社長のために(自分に非がなくても)土下座できるか?」 私も現在の企業に勤めて、「この企業でやっていけるかどうか」の試金石になるなと思ったのがこのような言葉でした。結局、経営者の胸先三寸でほとんど全ての事が決まります。経営者にそういう気持ちが無くとも、経営者が総務的な役割を担う場合も多いため、結局経営者に確認しないと決められない部分があります。じゃあ、権限を委譲すればよいということになりますが、それでもし問題が起きた場合(赤字スレスレが赤字に転落した場合)などを考えると、委譲された権限を思いっきり奮える人がいるか疑問です。実際、私は怖くて奮えていません。
「社長のために土下座できるか?」という自己問答に「できる」と胸を張ってなんのためらいもなく答えられるならば、ベンチャーで働いてもストレス無く働けると思います。ただ、「ためらいながら『できる』と答えられる人」ですら少ないというのが実感です。「社内体制が不条理でなく、ルールが不条理でなく、金銭的なインセンティブもあり、経営者と気が合う」という状況でないと、大抵の人は「ずっとここでやっていこう」と思わないでしょう。実際辞める人はすぐに辞めます。この人に根性が無いとは言えないです。大企業で何年も勤め上げた人でしたし。
基本的に「大企業→ベンチャー」と「ベンチャー→大企業」なら前者のほうがやりやすいです。
個人的には、大企業で働くことの方が激しく楽でした。ただ、おそらく「ベンチャー→大企業」という流れだと、大企業の様々な(ルール含む)しがらみが疎ましく感じる事もあるでしょう。どちらにせよ、マインドチェンジは必要だと思います。マインドチェンジに必要な事が、人や会社により異なるでしょうから一概にどっちがやりやすいかと言えないと思います。単純に転職のしやすさでいうと、前者の方が比較的難易度が低いとも思います。「ベンチャーには夢が溢れている」という認識だけの人は、大企業から出ないのが賢明と思います。
また、弊社の不幸は、経営者についてこれる人だけですでに構成されていることで、そこには「空気」が醸成されています。さらに利益率が低いので経営者への力の収束が強くなっているということです。(通常、利益率が低いのは経営者の責任ですが、業界全体として利益率が低いのである種仕方がありません。というか、業界全体としてみると、うちは利益率が高い方です。)
ですので、これからベンチャーに就職しようというかたは、冷静にその企業の状況(資産状況、資本状況、利益率、社内体制など)を見るのと同時に、経営者の人となりを注視する事をおすすめします。また、ベンチャーならではの「空気」は大企業とはだいぶ異なりますので、できれば体感してからの転職をおすすめしたいと思ってもいます。あとは、倒産するおそれがやはり大企業よりは高い事を忘れないでください。
仕事においても、普段の生活においても、「スタイルを確立する」ということが大事だと思えてきた。仕事において、「慣れ」とは「スタイルの確立」と同義とも思うし、遊びや勝負事でもスタイルが確立してきたころが巧くなったり、のめり込み始めだったりもする。
PCが変わったとき、職場環境が変わったとき、仕事が変わったとき、携帯が変わったとき、新しい趣味を始めたとき…などなど、新しいことを学び、吸収していく過程で多数の細かいトライ&エラーの集積によりあるべき姿(=スタイル)へと収束していく。この一連の過程においては、それまでいかに自分と向き合っていたか、自分自身を把握していたかという認識のレベルの差異に加えて、どのような自分の姿を志向するかという意識レベルの差異によっても、出来上がるスタイルが異なってくるのではないか。
よく考えると、これは何も「何か新しく始めること」だけに限定されない。人生そのもの、生き方そのものについても、確立されたその人その人のスタイルがある。そして、そのスタイルは、その人のそれまでの人生経験で得たものと、その人が生き方の中で認識しているもの、志向しているものが深く影響している。
良いスタイルは、習慣となってその後の結果をより良く、より確実なものにする。他方で、良くないスタイルは、それを維持し続ける限り、何か努力をしてもなかなか実りづらいだろう。何かに行き詰まっていたら、そもそもすでに確立されたスタイルを見直してみるといいのかもしれない。なぜ、このようなスタイルになったのか自体を見つめ直すことで、それまでの自分自身の経験や認識、志向も見つめ直せるかもしれない。
「文章の書き方」(尾川正二著)を読了した。
だいぶ古い本だが、ためになった。文章の基本の基本に立ち返らせてくれる本と感じた。
内容自体は古いが、現代でも意味がある内容も多い。
著者は、学生の文章をいくつも見てきている。そして、悪い文章の例をいくつもあげて具体的に見せてくれる。見ていると、昔は昔でひどい文章を書く学生がいるものだ。私が学生のころは、マスコミが、大人が、したり顔で学生の文章力低下を批判していたが、どの世代もたいして変わらないような気がしてならない。
頼まれていたコラムは、ゆっくり書き上げるつもりだったが、諸事情により今月中に書き上げる予定に変えた。なかなか忙しい。勉強しながら書くつもりだった内容もあるので、急いで勉強している。コラム執筆で忙しくなる前に、もうすこし文章の書き方についても学びたかったが、この本が教えてくれたただ一つの事を肝に銘じつつ執筆しようと思っている。
「文章は明晰であることが第一義」
その通りだと思う。
親の収入と子供の学歴が正比例しているというデータは、最近では特に珍しいデータではない。さらにいえば、正確な統計があるかどうかは知らないが、親の資産とその子供の資産にも比例関係があるのかもしれないと感じている。
もちろん、例外はあるし、子供の努力が占める割合の方が大きい。親の収入や資産を言い訳にして、卑屈になったりする必要も、自棄になる必要もないように思う。
ただ漠然と、そのように感じてきたわけがこの間少しわかった。
それは、親の資産が大きければ大きいほど、子供はその分失敗ができるし、失敗から這い上がるチャンスが生まれるということだ。
国によるセーフティネットではなく、親によるセーフティネットが出来る。これは特に起業するにあたっては大きいように思う。
もちろん、はじめから失敗を前提に起業したり、いざとなったら親に頼ろうという起業家は少ないだろう。
けれども、失敗して倒産に追い込まれた場合、親によるセーフティネットがあれば、個人破産や自殺まで追い込まれづらく、再起がしやすい。
また、失敗したときだけでなく、資金繰りや事業拡大のためにお金が必要なときなどの場合に、親から借り入れをすることもある程度可能と言えば可能だろう。
こう考えていると、それを言い訳にするつもりはさらさら無いが、少し納得してしまった。
人の脳は、全くの静寂の中では集中できないようです。
電車の中での勉強やカフェでの勉強がはかどるのはどうもそういうことらしいです。
私は、家で勉強や仕事・作業をするときは、だいたいクラシックか、イージーリスニング系のインターネットラジオを聴いています。
今日は、その中から3つをご紹介。
(それぞれロゴをクリックで別ウインドウで当該サイトが開きます。)
・smoothjazz.com
その名の通り、smooth系のjazzがずっと流れています。たまに英語の会話のCMが流れたり、「smoothjazz.com」のジングルが流れたりします。jazz好きな方におすすめ。
・Radio holiday
休日にぴったりな曲ばかりをあつめているのでしょうか。ちゃんと説明を読んでない(というより、読めない)ので、詳しいことはよくわからないのですが、全体的に明るいポップ調の曲ばかり流れます。暗い気持ちになりたくないときなどにおすすめ。たまにとてつもなく長い英?語の会話(CM?)が入るので、最近聴いてないですが。。。
・Soft’N Easy Net Radio
どちらかといえば、イージーリスニングではないのですが、私は洋楽にあまり詳しくなく(リトニースピアーズと言われても丸坊主のニュースしか思い浮かばないくらい)、私にとっては聞き流すにちょうどよい感じです。CM無し?なのかわかりませんが、気になりません。最近のお気に入りです。
・インターネットラジオについて
インターネットラジオは、ネット回線を利用したストリーミング形式の音楽再生に、ラジオを流す技術です。ラジオ局だけでなく、個人でもサーバーとソフトを用意すればラジオ局を開設できるくらい手軽だったりします。(もちろん、曲の著作権などはちゃんと許諾を得る必要があります。)
AppleのiPodですっかり有名になったiTunesでもネットラジオを聴くことができ、しかも登録されている局の数も多いので、iTunesで聴いているという方も多いと思います。
私のマシンは非力でiTunesは、重いのでもっぱら「foobar2000」(別ウインドウで開きます。)というソフトを使っています。メモリ消費量も少なくおすすめです。
上記3つは、全て洋楽ですが、J-POPを聞きたくもなったりします。そんなときは、Japan A Radioへ。[TUNE IN]から、聴くことができます。


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