Archive for 7月, 2009

30th 7月
2009
written by 管理人

私は、大企業でもちょっと特殊な企業で3年間勤め、以後は現在のベンチャー企業に1年半ほど勤めています。
大きな会社と小さな会社のどっちで働くべきか迷っている人へ – GoTheDistance」という記事を読んで思う事を書きたいと思います。

一方の中小企業、特に僕のような数名しか社員がおらず社長とマンツーでやっているような会社にいる場合は、ルールもクソもありません。経営者が右といえば右ですし、左といえば左です。その濃度が大企業と違います。大企業にいたら今までは仕事が与えられていましたが、今は仕事そのものを作り出さなければならないためお客様に価値を提供できるか否かだけが厳しく求められ、僕はしばしば「なんでこんなことまでやらなきゃならないんだろ」という葛藤がやってきました。

私自身も強く感じています。特に、うちの会社は利益率が低い商売をしているので、赤字スレスレの戦いをしています。「経営者が右と言えば右」に向かう力学が強く働きます。また、「仕事そのものを作り出さなければならない」というのとはちょっと違いますが、「自分の職分」というものの範囲が不明確になっていきます。その点で、「なんでこんなことまでやらなきゃならないんだろ」と思ってしまう事は良くあります。私の場合、職分は「法務」ですが、モバイルサイトのほぼ全てのコーディング(HTML・CSS部分/プログラム部分除く)もやりましたし、広告展開の打ち合わせにも参加しました。常日頃、営業の補助もかなりの部分で行っています。さすがに、「モバイルサイトのコーディングもできる法務」となると、「替わり」はいません。やっている本人にとっては良いかもしれませんが、組織体制的には脆弱といえます。

「右といえば右、左といえば左」のくだりで「YESマン」を思い浮かべるのはいささか浅薄です。求められるのは「Disagree and Commit」の精神です。議論はするし間違ったことがあるなら伝えるのですが、意思決定者が右と言った中で十分な議論を重ねたら、下にいる人間は賛成ではなくてもコミットして前に進める努力を絶対にしなくてはならない。そうしないと、単純にやっていけないんです。前に進まないんです。

この部分は、特に弊社では感じます。弊社の場合、全社員の共通認識として、法的な課題と経営的な課題のどちらを優先すべきかは、既に「空気的に」経営的な課題となる体制が醸成されています。議論を尽くさない民主主義などとるべきではないと思いますが、実際赤字スレスレな状況を見て、例えば「法的に、従業員数10名以下なら提出義務のない就業規則」を全社員で策定するといったインセンティブは湧いてきません。法務はそんな事をしている暇があったら、モバイルサイトの特集ページの一つでも作ったほうが良いのではないかということになります。「ルールの策定」や「ルールの明確化」は、休日にやれという訳のわからない「空気」すらあります。「ルールは適当に法務が作っちゃってよ」という風に言われたこともありますが、経営者が従うとは思えないルールを策定しても正直無駄ですし、前に進む際の弊害にすらなり得ます。

小さな会社に飛び込んでいこうとされる場合に心に留めておいて頂きたいのは、id:hase0831さんのお言葉を借りると「この社長のために(自分に非がなくても)土下座できるか?」という質問にどう答えるかです。それぐらいの気持ちがなければ、経営者の距離が近い中小では朝令暮改は当たり前ですからルールで考えていたら不条理なことが多くなるので疲れてしまって、やっていけなくなるんじゃないかなと思います。中小で疲れて大きな会社で仕事をしたいという方の気持ちがよくわかるようになりました。

「この社長のために(自分に非がなくても)土下座できるか?」 私も現在の企業に勤めて、「この企業でやっていけるかどうか」の試金石になるなと思ったのがこのような言葉でした。結局、経営者の胸先三寸でほとんど全ての事が決まります。経営者にそういう気持ちが無くとも、経営者が総務的な役割を担う場合も多いため、結局経営者に確認しないと決められない部分があります。じゃあ、権限を委譲すればよいということになりますが、それでもし問題が起きた場合(赤字スレスレが赤字に転落した場合)などを考えると、委譲された権限を思いっきり奮える人がいるか疑問です。実際、私は怖くて奮えていません。

「社長のために土下座できるか?」という自己問答に「できる」と胸を張ってなんのためらいもなく答えられるならば、ベンチャーで働いてもストレス無く働けると思います。ただ、「ためらいながら『できる』と答えられる人」ですら少ないというのが実感です。「社内体制が不条理でなく、ルールが不条理でなく、金銭的なインセンティブもあり、経営者と気が合う」という状況でないと、大抵の人は「ずっとここでやっていこう」と思わないでしょう。実際辞める人はすぐに辞めます。この人に根性が無いとは言えないです。大企業で何年も勤め上げた人でしたし。

基本的に「大企業→ベンチャー」と「ベンチャー→大企業」なら前者のほうがやりやすいです。

個人的には、大企業で働くことの方が激しく楽でした。ただ、おそらく「ベンチャー→大企業」という流れだと、大企業の様々な(ルール含む)しがらみが疎ましく感じる事もあるでしょう。どちらにせよ、マインドチェンジは必要だと思います。マインドチェンジに必要な事が、人や会社により異なるでしょうから一概にどっちがやりやすいかと言えないと思います。単純に転職のしやすさでいうと、前者の方が比較的難易度が低いとも思います。「ベンチャーには夢が溢れている」という認識だけの人は、大企業から出ないのが賢明と思います。

また、弊社の不幸は、経営者についてこれる人だけですでに構成されていることで、そこには「空気」が醸成されています。さらに利益率が低いので経営者への力の収束が強くなっているということです。(通常、利益率が低いのは経営者の責任ですが、業界全体として利益率が低いのである種仕方がありません。というか、業界全体としてみると、うちは利益率が高い方です。)

ですので、これからベンチャーに就職しようというかたは、冷静にその企業の状況(資産状況、資本状況、利益率、社内体制など)を見るのと同時に、経営者の人となりを注視する事をおすすめします。また、ベンチャーならではの「空気」は大企業とはだいぶ異なりますので、できれば体感してからの転職をおすすめしたいと思ってもいます。あとは、倒産するおそれがやはり大企業よりは高い事を忘れないでください。

22nd 7月
2009
written by 管理人

仕事においても、普段の生活においても、「スタイルを確立する」ということが大事だと思えてきた。仕事において、「慣れ」とは「スタイルの確立」と同義とも思うし、遊びや勝負事でもスタイルが確立してきたころが巧くなったり、のめり込み始めだったりもする。

PCが変わったとき、職場環境が変わったとき、仕事が変わったとき、携帯が変わったとき、新しい趣味を始めたとき…などなど、新しいことを学び、吸収していく過程で多数の細かいトライ&エラーの集積によりあるべき姿(=スタイル)へと収束していく。この一連の過程においては、それまでいかに自分と向き合っていたか、自分自身を把握していたかという認識のレベルの差異に加えて、どのような自分の姿を志向するかという意識レベルの差異によっても、出来上がるスタイルが異なってくるのではないか。

よく考えると、これは何も「何か新しく始めること」だけに限定されない。人生そのもの、生き方そのものについても、確立されたその人その人のスタイルがある。そして、そのスタイルは、その人のそれまでの人生経験で得たものと、その人が生き方の中で認識しているもの、志向しているものが深く影響している。

良いスタイルは、習慣となってその後の結果をより良く、より確実なものにする。他方で、良くないスタイルは、それを維持し続ける限り、何か努力をしてもなかなか実りづらいだろう。何かに行き詰まっていたら、そもそもすでに確立されたスタイルを見直してみるといいのかもしれない。なぜ、このようなスタイルになったのか自体を見つめ直すことで、それまでの自分自身の経験や認識、志向も見つめ直せるかもしれない。

4th 7月
2009
written by 管理人

「文章の書き方」(尾川正二著)を読了した。

だいぶ古い本だが、ためになった。文章の基本の基本に立ち返らせてくれる本と感じた。
内容自体は古いが、現代でも意味がある内容も多い。

著者は、学生の文章をいくつも見てきている。そして、悪い文章の例をいくつもあげて具体的に見せてくれる。見ていると、昔は昔でひどい文章を書く学生がいるものだ。私が学生のころは、マスコミが、大人が、したり顔で学生の文章力低下を批判していたが、どの世代もたいして変わらないような気がしてならない。

頼まれていたコラムは、ゆっくり書き上げるつもりだったが、諸事情により今月中に書き上げる予定に変えた。なかなか忙しい。勉強しながら書くつもりだった内容もあるので、急いで勉強している。コラム執筆で忙しくなる前に、もうすこし文章の書き方についても学びたかったが、この本が教えてくれたただ一つの事を肝に銘じつつ執筆しようと思っている。

「文章は明晰であることが第一義」

その通りだと思う。