私の勤務先が、先月末、事実上の倒産を迎えました。私を含めた全社員がすでに解雇されており、今月、破産申し立て手続き予定となります。
倒産は、思っていたよりも精神的なダメージを私に与えてくれました。
収入や肩書きを無視して、自分の人生を削って力と情熱を注いできた仕事や会社が無に帰すのです。絶望、というほどではないですが、少し落ち込んでいます。
会社に依存していたつもりはないのですが、キャリアプランはガタガタですし、仕事すること自体にやる気がなくなったりもします。
転職活動をして、求人情報を見ていると今の社会の状況が少しわかる気がします。明らかに、前回私が転職をした頃(=景気が回復してきた感があった頃)とは別です。6月に史上最悪の失業率をたたき出したかと思ったら、私が解雇された7月は、さらにその記録を更新したとのこと。どうやら、いちばん悪いタイミングだったようです。それをひしひしと感じています。
転職活動をするにあたっては、自分自身と向き合わなければなりません。自分の人生と、目標と、目的と、これまでの道程と、転職を希望する先の企業理念やら職務内容やらの内容のすべてに矛盾があってはいけません。それ以上に、働く意欲に溢れ、明るくはきはきとした性格で、チームワークも個人的技能も人並み以上に優れ、残業にも文句を言わず、有給もとろうともしないない人間でなければなりません。これができずに引きこもる人がいても何ら不思議ではないように思えたりもします。
…とまあ、これは半分冗談ですが、働く意欲が無いといけないというのは困ったものです。倒産をきっかけに、働くことの意味がわからなくなりました。働くことの意味が、生活費を稼ぐこと以上のものだと思わなければ、就職は困難です。憲法第27条によると、私たちには勤労の義務がありますが、今なら廃止に賛成してしまいそうです(汗)。
・愚痴はこのぐらいにして、思うこと
転職活動に関する愚痴はそれくらいにして、思うことを書きたいと思います。
まず、私が職を失ったのは、会社のせいではありません。もちろん、代表者のせいでもありません。では、政治や社会のせいでしょうか。いいえ、それも違います。すべては、自分のせいだと心の底から思っています。事実、公的融資もさらなる資金調達も可能な状態でした。傷が広がるのを防ぐための倒産でした。誰も恨む気はありません。
ただ一人だけ恨むべき人物は、自分です。
自分にもっと力があれば、そもそも会社の倒産を避ける手立てを思いついたかもしれない。自責を感じても仕方が無いですし、そこに囚われるべきではないですが反省すべき点だと思っています。さらに、職を失っても余裕というくらい実力を備えていなかったことも深く反省すべきことの一つでしょう。
以後、職に就けても、自分の力を磨き続けることに対して、深く強い意識・意欲を持てるようになりました。これは、倒産を経験しなければこれほどに強く持ち得なかったかもしれません。感謝しています。
もう一つ思うことは、今までの生活は、なかなかに贅沢だったという点です。
収入にすれば見あった生活だったかもしれませんが、今それを強く感じています。反省、とまではいいませんが、考え方・見方が変わりました。一皿百円の回転寿司が大好きですが、離職してから食べた時、こんなにおいしいのかと思いました。極論を言えば、自分に張られたセーフティネットの枠を超えた生活をするべきではないのかもしれません。収入の枠内ではなく、収入を失った場合のセーフティネットの枠内(雇用保険の失業給付の範囲内など)です。
自分の力を磨く一環として職につかなければならない、と考えれば、就職に対する意欲が沸いてきます。もう少し、気持ちに整理が必要ですが、転職活動をがんばっていこうと思っています。
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